ディスレクシアと英語学習

学習障害(LD)の中核を占める発達性読み書き障害(発達性ディスレクシア)は、文字と音を結び付ける音韻処理の困難さを背景としています。

学習指導要領の改訂により、2020年度以降は小学5年生から英語を正式の教科として学ぶことになりましたが、ディスレクシアを有する児童にとって、文字と発音の関係が不規則な英語は学習の難易度が高いと考えられます。そこで、ディスレクシアが英語学習の初期段階に及ぼす影響とそれに対する個別支援の状況を把握するため、全国の教員にアンケートを実施しました。

【方法】

「2022年版全国学校データ」(教育ソリューション株式会社)を利用し、児童数650人以上の公立小学校の中からコンピュータの乱数を用いて2,100校を無作為に抽出しました。通常学級に在籍する5年生および6年生のディスレクシアを有する(または疑われる)児童を調査対象とし、当該学年の主任または学級担任の先生方に以下の設問への回答を依頼しました。
< 設問項目 > 児童の性別、母語、日本語の読み書きに関する困難さ、学習一般における困難さ、英語学習における困難さ、他の発達障害の有無、英語学習に対する支援状況および効果、教育現場に必要な支援等

【結果】

5年生の教員110名(主任48名、担任62名)と6年生の教員122名(主任63名、担任59名)から回答をいただきました。

ディスレクシアを有する(または疑われる)児童は、2学年合わせて335名(男子237名、女子72名、性別無回答26名)でした。そのうち日本語を母語とする304名を精査対象としました。

精査対象児童の母語(日本語)の読み書きに関する症状として最も多かったのは、「文字や文章を読むのが極端に遅い」(170名)こと、および「画数の多い漢字に誤りが多い」(201名)ことでした。

発達障害に関連する診断を受けているケースのうち、ディスレクシアのみの診断を受けた児童は30名、ディスレクシアとLDの両方の診断を受けた児童は15名、ディスレクシア、LD、ADHDの3つの診断を受けた児童は6名でした。

同学年の平均的な児童と比較して英語学習の「困難さ」や「つまずき」を認めた事項は表1のとおりです。

英語学習における困難さやつまずき(複数選択可)該当児童数
聞き取った単語を正しく書くこと207
聞き取ったアルファベットを正しく書くこと195
英文を聞いて意味や内容を理解すること190
英単語を聞いて意味を理解すること187
英文を見て正しく流暢に発音(音読)すること186
英文を黙読して意味や内容を理解すること(極端に時間がかかる場合も含む)178
英単語を見て正しく発音すること178
英単語を黙読して意味を理解すること175
アルファベットを見て正しく発音すること160
(表1)

英語学習に困難さを抱える児童に対する個別支援の状況は多岐に渡りました。共通事項を整理したものを以下に示します。

[1] 発音指導

  • 個別に発音の練習や確認、近く(隣)で繰り返し発音を聞かせる、一文字ずつ発音練習、一語ずつ発音練習、アルファベット表で指差し確認、事前に本時の英単語を知らせて一緒に読んでみる
  • タブレット端末やデジタル教科書の音声機能の活用
  • フォニックス指導は、授業中に一斉に(他の児童と一緒に)行っているケースが多い。ジェスチャー、トーク、書き取りなどを組み合わせることもある。

[2] 書字指導

  • 授業中に当該児童に対して「この線まで書くよ」など、文字の形で気をつけることを具体的に伝えている。
  • アルファベットを書く際には、文字ということを意識させないように、「このマークを真似してみて」などの声かけを行った。
  • アルファベットの指導では、四線からはみ出てしまったり、文字が雑なこともあるが、ある程度許容している。(自信をなくさないように、形が合っていれば丸にしている。)
  • 英単語のなぞり書き
  • ノートは見やすい色のものや青罫線のものを使う。

[3] その他

  • 1ヶ月に1度程度、アルファベットパズルを使って指導している。
  • 視覚的な支援が有効なので、画像と併せて単語を学習した。
  • 発音を間違うことを嫌がるので、クラス一斉で何回も言わせるようにしている。
  • テスト時は個別の読み上げをしている。

個別支援の効果と課題について、代表的なものを以下にまとめます。

(効果)

  • アルファベットと音を結びつけて少しずつ覚えられるようになった。
  • ゆっくりだが何度か練習すると発音が明瞭になった。
  • 発表の声が大きくなった。
  • 英語を苦手と感じることなく、楽しく授業に参加できている。

(課題)

  • その場での効果はあったが、定着は難しい。
  • 集中力が続かない。
  • 音を通して英語学習を楽しんでいるが、読み書きに対しては改善がみられない。

 (課題)

  • 文字の形がとりにくい(四線上の正しい場所に書くことが難しい)。
  • 個別支援の時間を別枠で取ることが難しい。

【考察】

母語である日本語の読み書きに何らかの支障がある児童の約半数がアルファベットの発音でつまずいており、聞き取った英単語を「書く」ことに関しては7割近い児童が困難さを抱えている実態が明らかになりました。ディスレクシアを有する児童にとって、文字を介して英語を学ぶことの困難さがいかに大きいものであるかがうかがえます。

文部科学省の統計によると、児童の約8%は日本語の読み書きに何らかの困難を感じています。1クラスに2~3人のディスレクシアもしくはディスレクシアが疑われる児童が在籍している計算になりますが、今回の調査では、担当する学年または学級にディスレクシアの児童が「いない」と回答した教員が約3割に上りました。軽度の読み書き障害が見落とされている可能性があり、その中には英語学習のつまずきによって顕在化するケースがあり得ると考えられることから、表1をディスレクシアのチェック項目として利用できる可能性があります。

英語学習の初期段階でのつまずきに適切に対応することは、英語を楽しく学び、苦手意識を持たせないことに有効である可能性が見いだされました。しかしながら、教育現場において、学習障害や発達障害に関する知識や理解が十分とはいえません。個別支援は特定の教員の経験とスキルに依存している状況であり、個別支援の必要性の判断や支援方法に悩む教員もいることから、研修機会の充実や専門家の派遣、脳科学などの関連研究分野との相互連携も含めて、現場への情報提供や教員に対する直接的な支援の拡充が強く望まれます。また、児童の個別支援はマンパワーと時間を必要とすることから、人員配置(教員加配)は不可欠といえます。

本研究をきっかけとして、ディスレクシアが英語学習に及ぼす影響の理解が進み、関連分野の研究や支援の輪が広がることを期待します。

【謝辞】

アンケートに回答いただいた教員の皆様に感謝申し上げます。
本研究はJSPS科研費 22H04031 の助成を受けたものです。